私の名前は立花詩織。22歳。
千葉の実家に住んでいて都内の大学に通っている。もうすぐ卒業だ。
私の家では私が19歳の頃「チュウ太郎」というハムスターを飼っていた。
灰色のハムスターであまり懐かない動物なのだが、家族で私だけは特別よく手に乗ろうとしてきたり、くっついてきた。
そんなチュウ太郎のことが大好きだった。
しかしある日家の中を散歩させていると、なんと失踪してしまったのである。
いつもなら冷蔵庫の後ろにある勝手に作った隠れ家にいるのだがいない。
おかしい。どこを探してもいない。
外に出ようものならもう見つからないし、ネコや鳥のような動物に⋯⋯。
いや、そんなこと考えたらだめだ。
結局その日はどこを探しても見つからず、結果としてそこでお別れとなってしまったのである。
ペットが亡くなる以外での別れなど想像したことがなかった。
家族はとても悲しみ、1番可愛がっていた私は毎日のように泣きずっとチュウ太郎のことを考えていた。
長い月日が経ち今の私は22歳になりもうすぐ大学を卒業する。
都内で一人暮らしをしながら内定を貰った企業で働く予定だ。
この家での暮らしは長いようで短かったな、と感傷にふけていると3年前に失踪したチュウ太郎を思い出した。
途端に胸がズキズキした。
チュウ太郎はどこに行ってしまったのだろうかとよく考えることはあった。
写真フォルダにはチュウ太郎の写真が沢山残っていた。
思い出したせいか少し悲しい気持ちになった。
少し涙ぐみながらも、「よし。」と気持ちを切り替える。
誰も家にいない中、居間でゴロゴロしてるとインターホンがなった。
インターホンの画面には芸能人のような容姿で清潔感溢れる男性が立っていた。
知らない人だが、私のどタイプだ。
ちょーかっこいい。
詩織は言った。
「はい。どちら様ですか?」
「あっ!あれ?!えー!もしかして詩織?!すごい久しぶりだ!!え、覚えてる?!」
え?え?どういうこと?
意味がわからない。恐怖でしか無かった。
どタイプのイケメンであっても知らない人にこんなこと言われたら私でも恐怖だった。
うちのインターホンには録画機能がある。
下手なことをしようものなら警察に届け出よう。そんな気持ちすら持った。
怯えながらも詩織は口を開く。
「え⋯あっ⋯⋯あの⋯誰ですか⋯⋯??」
「俺だってば!!」
「チュウ太郎だよ!!!!」
え?
え、いや。
チュウ太郎???
なんでこの人がチュウ太郎を知ってる?
いや、その前に飼っていたペットの名前を名乗る知らない人が玄関の前にいる。
状況がこんがらがりすぎて頭の中は真っ白と怖いという感情のみ残っていた。
「え⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯えっ⋯。」
「あっ、そうだよね!こんなこといきなり言われたらそりゃあびっくりするよね!ごめん!でも詩織にまた会えて嬉しいな〜!」
いや、待てや。勝手に話を進めるな。
続けて男は言った。
「信じられないよね。でも今も沢山覚えてるよ!いつも僕の夜ご飯の後、お母さんに秘密でおやつだよって言ってひまわりの種とかくれたよね!あれめっちゃ嬉しかったなあー!
あと詩織ちゃんは僕を両手で持って顔すりすりしてくれたよね!あれ好きだったんだよね!」
いやまてまてぇ。私が追いつかん。
だが男の言っていることは本当なのだけはよく分かった。
なんせ本当にそれをしていたからだ。しかも私とチュウ太郎しか知らないことまで知っている。誰にも言ってないし確かだ。
混乱した脳内を抱えつつも詩織は言った。
「チュ⋯チュウ太郎なの⋯???」
「そうだよ!」
有り得ない。こんなことが起こるのか。
夢か?夢なのか?
頬つねっても痛いし。
でもチュウ太郎なのはどうやら本当らしい。
本当と言うのもなんだか不思議だが。
というか人間になってるのなんて有り得ない。
とても怖かった。とても怖かったがちゃんと目の前にして見たくなってしまった。
「い⋯今行きます⋯。」
「うん!ありがとう!」
恐る恐るドアを開ける。
一応ドアのチェーンを付けて開けよう⋯。
ガチャ
「詩織!!わー!大人になったね!とっても綺麗だよ!はは、チェーンなんて付けなくたって襲ったりしないよ笑」
うぐっっっっ。チュウ太郎なのか彼は。
しかしそんなことは後回しにするくらいかっこいいに継ぐかっこよさ。しかもなんかちょっといい匂いまでするぞ。
「え⋯チュウ太郎⋯なの?」
「そうだよ!」
どうやら本当にチュウ太郎のようだ。
チェーンを外してチュウ太郎と対面する。
「詩織、改めて久しぶり!」
「う⋯うん。久しぶり⋯。」
久しぶり???まぁ久しぶり⋯なのか?
私は無意識にスマホの写真フォルダに入っているチュウ太郎の写真を見ていた。
本当にこのチュウ太郎だよな⋯?と思い、
「⋯このチュウ太郎だよね?」
「うわっ!!恥ずかしいからやめてよ!これいつだ?!めっちゃ若いなー!これ一緒に写ってるね。いい写真だね!わー!このおやつ懐かしい!これ好きだったんだよね!」
うん、これはチュウ太郎だわ。
そう思うと安心とか感動とか不思議とか色々混じった分からないような感覚になって笑えてきた。
「あ!やっと笑ってくれた〜!やっぱ詩織は笑ってるのが1番いいね!」
落ち着け私。何ドキドキしてんだよ。
とりあえず家の中に入ってお茶を飲みながら色々話した。
積もりに積もった話だ。
どのくらい話したか分からなかった。
ふと時計を見た。
あれ、時計壊れてる?
針が止まっていた。
長いこと使っていたし特に不思議だとは思わなかった。
しかし携帯の時計を見ても止まった針と同じ時間を指していた。
ほかの時計を見ても全て同じ時間だ。
するとその姿を見ていたチュウ太郎は言う。
「詩織⋯。実は僕は別の世界から来ていて、この世界の制約のようなもので、違う世界から誰かが来ると時間が止まってしまうんだ。」
違う世界がなんだって?
正直パラレルワールドとかは一時期興味で調べてみたことはあったから理解に苦しみすぎるということはなかった。
というか、もはやチュウ太郎がいる時点でこの世界の普通など覆されていることなど気付いていた。
「そうなんだ⋯。じゃあチュウ太郎はまた元いた世界に帰らないといけないんだね⋯。」
「うん。でも詩織が僕のいる世界に来ることもできるんだ。もし詩織がよかったら○○✕○✕✕⋯」
正直話の最後の方は自分の思考に遮られていた。
それは向こうの世界には行ってみたい、だが一人暮らしや内定した企業、家族、友達はどうなるんだろう。そんなことを考えていた。
「詩織?」
「あ⋯うん。ごめんね。
確かにチュウ太郎のいる世界には行ってみたいよ。
けど私の家族や将来が心配で⋯。」
その刹那だ。
「え〜そんなのいいじゃん!とりあえず行こうよ!どうにでもなるよ〜!」
ん???え???チュウ太郎???
急にどした???
「絶対ここにいるより楽しいし、とりあえず来てから考えればいいじゃん!行こ!ほら!」
お、おま⋯⋯。もしかしてチュウ太郎⋯⋯。
イケメンなクズか?
「え⋯チュウ太郎、そんなわけにはいかないよ。私も家族が好きだし、これからやりたいことだってあるんだ。働きたい場所だってできたんだ。だからさ、色々考えちゃうんだよね。」
「え〜そんなの僕の世界でもどうにでもなるよ〜。詩織に会えて嬉しいしさ!ほら、ね!」
あーーー。はいはい、そういう感じねはいー。
詩織は完全に理解した。
この人は私の考えとか大切なものを一切考えられないんだ。
「ごめんね、私も会えて嬉しいよ。けどそうも簡単にはいかないんだ。」
「⋯⋯。」
「チュウ太郎⋯?」
「はぁ⋯。」
え?ちょっとまって、今ため息した?なんで?
あれ、私なんか嫌なこと言ったっけ?
「そうなんだ。僕は詩織が好きでに会いに来たし嬉しかったけど。そっちの方が大事なんだねー。そういう感じか。いいよ、分かった。そろそろ帰るわ。」
ん、どしたーーー?なんか怒ってる?
私は理解しようとしたがチュウ太郎が全く分からなかった。
呆気に取られていると、
「じゃ。」
チュウ太郎はそう言って玄関へ向かう。
あ、え?帰るの?
急で理解が追いつかなかった。
さっきまであんなに楽しく話していたし、嬉しかったのに。
ぼーっとしていると玄関から声が聞こえてきた。
「⋯⋯あ⋯あれ⋯⋯⋯。」
玄関に行ってみるとなにやら焦ったような様相だ。
「⋯どうしたの?」
「⋯⋯⋯れない⋯。」
「え?ごめん、なんだって?」
「⋯⋯帰れない。」
「帰れないってどういうこと?」
「⋯分からない。この端末でゲートが開けるんだけど⋯⋯エラーになる⋯⋯。」
どうやら帰るのにはチュウ太郎が向こうの世界から持ってきたスマートフォンのような端末で操作することでゲートが現れてそこから帰れるようなのだが、エラーになってしまうらしい。
私にはさっぱり分からないが、チュウ太郎が帰れなくなってしまった という状況なのはよく分かった。
するとその端末にピコンと通知のような音が鳴る。
『条件を満たせていないため、ゲートの開通に失敗しました。』
「条件⋯⋯?そんなの聞いてないぞ⋯⋯。」
私の理解はどんどん置いていかれる。
後から聞いた話だが、どうやらチュウ太郎の知らない条件とやらが出来てしまい、その条件を達成しない限り元の世界へ戻れない、らしい。
こんなこと聞いていなかったようで、制約にもこんなものは無い。条件はチュウ太郎にも分からないようだ。
すると居間のほうでカチッカチッと刻む音がした。
まさか⋯!と思い急いで居間にいくとなんと止まっていたはずの時計の針が動き始めていたのだ。
これにはチュウ太郎も驚いていた。
「そんなはずない!制約で時間は止まるはずなんだ!!一体どういうことなんだ?!」
「どういうこと⋯?なんで時間が⋯!」
こうして謎の条件が提示され戻れなくなってしまい、イケメンクズとして帰ってきたあの日のペットのハムスター、チュウ太郎と奇跡のような再開をしたかと思えば共に生活することになったのだ。
「なんで⋯終わった⋯⋯⋯⋯⋯。」