そろそろ出番な私、演出家の悪戯

僕らが持ちうる最大のウェポン。

脅威にするには力量にかかっているようだ。

先端ばかり研ぐのに必死な可哀想な人。

本物になり切れない中途半端な私を今日も責め立てるのだ。

ちょーいい感じな日でも悪魔は顔を出す。

まさか!私は私に裏切られるのを繰り返す。

頭の虫を今日も掻きむしる。

届いてるようで実は逃げられている。

人に会いたくなったり独りになりたくなったり様々だ。

夢想家とばかり、妄想を繰り返す私が年老いてまで生きていたくないと思うのは、何度妄想しても年老いた幸せを想像できないからだ。

幸せそうな老夫婦を見て「あぁ、いいな」と思うのは映画を見てるのと同じなのかもしれない。

言葉は寿命よりも生きる。

覚えたての歌が何よりも心躍るように、新しいものに飢えているのなら思った以上に簡単に手に入るはず。

この更新しているブログでさえ、使われないまま行き場を失った下書きの山を踏んでいる。

あの日自分が何を考えていたのかなんてもう理解できないよ。

新しい曲の新しい音や言葉が耳に刺す瞬間は遠くへの旅立ち。

流し読まれる文章に意味を持たせてしまうのか、はたまた流し読まれるような文にしてしまったのか。

 

怖い夢を見たという記憶だけが残された起床。

巨悪の根源を私は知らない。

どれだけ酔っても境地にはたどり着けない。

そんなこともあって明日の自分は今日を恨む。

自己中と言われればそう思う節もあるし、等身大の自分をいくら言ったとこで言うだけじゃ本物じゃないのかもしれない。悲しいことにね。

誰かの崇める神ですら誰かに恨まれてしまう世の中よ。

ところで調子はどうですか。

あぁー、ライブに行かないと頭がおかしくなりそうだ。

昨日くらいから爆音がご無沙汰なせいもあって頭がおかしい。

悲しみや絶望の理由を探ったところでライブに行ってないせいだと感じる。

救いとかそういうものじゃないのかもなぁ。

 

お金払ってまで観た映画が面白くなくても、面白くなかったことが面白い。

誰かと観た映画が恐ろしく面白くなくても、その人と観れたから面白い。

そんなの言いようだよ、と思っていたけど実はそのようだ。

川の水面から跳ね返る光をひとつひとつ数えてるくらいがちょうどいい。

出会いは嬉しいが故に自分が嫌いなせいで人生を壊している。

体験は心躍るほどに言うことを聞かない何かが道を閉ざす。

言い訳とかじゃなくて、余計に与えられたものだから根性でいけると思ってる自分にはつらい。

1を言ったら2が出るし、2をやったら5か6が顔を出す。

もうキリがない。

急に涙が出てきた。

ポンポーン!ふざけるしかない!

ポンポンポーン!

ちゃっちゃ夢に逃げるが吉。

救いを求めることが絶望なのはいい加減分かっているからこそ、希望を持っていたいんだよ。

悪夢にだけは捕まらないように祈ることで精一杯だ。